TRAILER

INTRODUCTION

世界中の映画人たちから「忘れられた小さな傑作」と賛美された、バーバラ・ローデン監督・脚本・主演のデビュー作にして遺作となった『ワンダ』。70年代アメリカ・インディペンデント映画の道筋を開いた奇跡の映画。

 1970年ヴェネツィア国際映画祭最優秀外国映画賞を受賞するが、その名声とは裏腹にアメリカ本国ではほぼ黙殺される。フランスの小説家・監督のマルグリット・デュラスはこの映画を「奇跡」と絶賛し、配給することを夢見ていると語る。デュラスの夢を実現すべくフランスの大女優イザベル・ユペールは配給権を取得しフランスで甦らせた。マーティン・スコセッシ監督設立の映画保存組織とイタリアのファッションブランドGUCCIの支援を受けプリントが修復される。その後、ニューヨーク近代美術館で実施された修復版上映会は、行列が出来るほどの大成功を収めた。本作の熱烈な支持者であると公言するソフィア・コッポラ監督が自ら作品を紹介、観客の中にはマドンナの姿もあったという。

 ペンシルベニア州。ある炭鉱の妻が、夫に離別され、子供も職も失い、有り金もすられる。少ないチャンスをすべて使い果たしたワンダは、薄暗いバーで知り合った傲慢な男といつの間にか犯罪の共犯者として逃避行を重ねる…。その粒子の粗い16mmフィルムの質感はティファニーブルーを基調に、シネマ・ヴェリテ・スタイル(ドキュメンタリー撮影手法)で剥き出しのアメリカの風景をスクリーンに映し出す。

 巨匠監督エリア・カザンの妻でもあるローデンは、彼からの独立宣言とも言うべき本作を残し、癌により48歳の生涯を終える。だが、その評判は次第に高まり、ジョン・レノン、オノ・ヨーコ、ジョン・ウォーターズ、ケリー・ライカート、ダルデンヌ兄弟監督ら名だたるアーティストが彼女を不世出の作家として敬意を表する。“インディペンデント映画の父”と称されるジョン・カサヴェテスは「『ワンダ』は私のお気に入りの作品。彼女は正真正銘の映画作家だ」と高く評価する。見向きもされなかった映画が、2017年、後世に残す価値がある作品として認められアメリカ国立フィルム登録簿に永久保存登録される。崖っぷちを彷徨う女の人生を漂流するロードムーヴィーが、近年これほどまでに愛されるようになった。

STORY

日々、酒から酒へと渡り歩き、何が起こるかを気にすることなく、次のビールをどの男が買ってくれるのかだけを気にする、ワンダの細やかな逃避行が始まる…

ペンシルベニアの炭鉱町に住むワンダは、自分の居場所を見つけられずにいる主婦。知人の老人を訪ねお金を貸してほしいと頼むワンダは、バスに乗り込み夫との離婚審問に遅れて出廷する。タバコを吸いヘアカーラーをつけたまま現れたワンダは、夫の希望通りあっさりと離婚を認め退出する。街を漂うワンダは、バーでビールをおごってくれた客とモーテルへ。 ワンダが寝ている間、逃げるように部屋を出ようとしたその男の車に無理矢理乗り込む。だが、途中ソフトクリームを買いに降りたところで逃げられてしまう。 またフラフラと夜の街を彷徨い歩き、一軒の寂れたバーでMr.デニスと名乗る小悪党と知り合う。彼に言われるがまま、犯罪計画を手伝うハメになるワンダの行方は…。

STAFF/CAST

■ 監督・脚本・主演:バーバラ・ローデン
director・writer・act:Barbara Loden

1932年7月8日アメリカ、ノースカロライナ州アッシュビルで生まれる。幼少期に両親が離婚すると、祖父母に育てられる。16歳でニューヨークに移住し、ロマンス雑誌のモデルとして働き始めた。女優になる目的でアクターズ・スタジオで演技を学ぶ。 57年、ニューヨークの劇場でデビュー。ロバート・レッドフォードや、ベン・ギャザラと一緒の舞台を踏んだ。60年、エリア・カザン監督作『荒れ狂う河』にモンゴメリー・クリフトの秘書役として、また、ウォーレン・ビーティの姉を演じた『草原の輝き』(61)に出演する。66年に23歳年上のエリア・カザンと結婚する。70年、撮影監督兼編集者のニコラス T・プロフェレスと共同で、11万5千ドルというわずかな予算で、自ら監督・脚本・主演した『ワンダ』を制作。 長編映画を監督することはなかったが、Learning Corporation of Americaのために2本の教育用短編映画を監督している。78年、ローデンは乳がんと診断され、80年9月5日、ニューヨークのマウントサイナイ病院にて48歳で病死。

■ 撮影・編集:ニコラス T・プロフェレス
cinematographer・editor:Nicholas T. Proferes

1936年アメリカ生まれ。25歳でニューヨークに移り住み、友人の紹介でダイレクト・シネマ/シネマ・ヴェリテの先駆者の一人でもあるドキュメンタリー映画監督のD.A.ペネベイカーと出会う。彼は見習い編集者として採用され、その後、撮影を学ぶことになる。68年にはロック・フェスティバルの源流とされる『モントレー・ポップ・フェスティバル』におけるドキュメンタリー用の撮影監督を務める。以降、マーティン・ルーサー・キング牧師を描いた『Free at Last』(69)でヴェネツィア映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を受賞する。本作製作後も、ローデンとの仕事を継続し、脚本を何本か書いたが製作は実現しなかった。

■ 制作協力:エリア・カザン
helping hand:Elia Kazan

1909年トルコのイスタンブールでギリシャ人の両親の下に生まれ、4歳の時にアメリカへ移住した。名門ウィリアムズ大学を卒業後、イェール大学演劇大学院へ進んだが2年で中退し、ニューヨークの劇団「グループ・シアター」に入団。映画『欲望という名の電車』(51)、『波止場』(54年)、『エデンの東』(55)といった名作を世に送り出した、20世紀を代表するハリウッドの巨匠の一人である。一方で、ハリウッドの暗黒史・赤狩りでの行為でも、後世に名を残した人物でもある。すぐれた映画監督、あるいは舞台演出家として名高いカザンがハリウッドで成し遂げた偉業 に、「アクターズ・スタジオ」の設立がある。『荒れ狂う河』『草原の輝き』、舞台「アフター・ザ・フォール」の縁で、バーバラ・ローデンと66年に結婚した。2003年、94歳で死去する。

■ Mr.デニス(ノーマン・デニス):マイケル・ヒギンズ
Norman Dennis:Michael Higgins

1920年アメリカ・ブルックリン生まれ。父親はアイルランドからの移民で保険のセールスマン、詩人でもある父親の影響で早くからシェイクスピアに親しんでいた。アメリカのテレビ史上、最も長く続いたプライムタイムのドラマ「ガンスモーク」(55)、「ロー&オーダー」(90)にゲスト出演する。 その後、主に映画で活躍し、フランシス・フォード・コッポラ監督『カンバセーション…盗聴…』(74)、アラン・アイダ主演『ジョー・タイナンの誘惑』(79)、アラン・パーカー監督『エンゼル・ハート』(87)、ニコール・キッドマン主演『ステップフォードの妻たち』(04年)、チャーリー・カウフマン監督『脳内ニューヨーク』(08)など60本以上の作品に出演した。2008年、心不全のため88歳で死去した。

COMMENTS

■ マルグリット・デュラス(小説家、劇作家、脚本家、映画監督)
Marguerite Duras / French novelist, playwright, screenwriter, film director

私はバーバラ・ローデンの『ワンダ』を配給したいのです。配給会社をやっているわけじゃないけど。そういうことを言っているのではなく、つまり全精力を尽くしてあの映画をフランスの観客に届けたいのです。私はできると信じてます。『ワンダ』にはひとつの奇蹟があると思います。通常、映像表現とテキスト、被写体とアクションの間には距離があります。でも、その距離が完全に消えて、バーバラ・ローデンとワンダの間には、瞬間的かつ永続的な連続性があるのです。

■ イザベル・ユペール(女優)
Isabelle Huppert / French actress

『ワンダ』は紛れもなく映画界の最高傑作のひとつに数えられる。ローデンは、たった1本の長編映画を撮っただけなのに、その1本で映画の歴史に深く刻まれた特別な監督のひとりです。『ワンダ』の中には、映画業界のメタファーを見逃さずにはいられませんでした。悪党とその共犯者、まるで映画監督とその女優のように。そこでは、従順で要求が多く、咎め立てられずに消費される一方で、男たちは、映画監督たちは、ちっぽけなヤクザ者として振る舞うのです。全てが不条理な文脈の中にあるものです。映画では、表向きに語られていることもあれば、その裏で語られていることもあります。バーバラ・ローデンは映画のアウトロー的な側面について極めて上手く訴えています。

レイチェル・クシュナー(作家)
Rachel Kushne /American writer

母が『ワンダ』は、アメリカの女性であることを描いた最高の映画だ “と言っていました。この映画が公開されたときに母は地元の映画館で観たのですが、わずか1週間しか上映されなかったのです。母が番組編成の人に打ち切りした理由を尋ねたところ、「この監督は憂鬱な気分にさせるから 」だそうです。まだビデオデッキが普及する前の時代で、この映画はテレビで放映されることはなく、あまりにも無名でした。幸運にも、ようやく観ることができて天啓でした。とても深遠で、演技も脚本も素晴らしく、16ミリフィルムでとても無駄なく撮影されています。完璧な映画です。

■ エイミー・サイメッツ(女優、脚本家、映画監督、映画編集者)
Amy Seimetz /American actress, writer, director,editer

初めて『ワンダ』を観たのは2000年代半ばのニューヨークのフィルム・フォーラムで、まだ修復前でした。劇場で観たときはとても興奮しました。ウェブサイトで無名の映画を検索できるようになった頃だったにもかかわらず、『ワンダ』はまだ入手不可能だったので、本当に特別な感じがしました。このような映画がかつて存在したということを知れたのは、単なる映画好きとしてだけでなく、脚本、監督、演技をする女性として、とても重要なことでした。本作を観て、「すごく変わった女性を、救いなく描いてもいいのだ」とわかったことで、私の心の重荷は取り除かれました。とても暗い映画なのに、バーバラ・ローデンの演技には可愛らしさがあり、滑稽で、遊び心に溢れています。同時に、彼女はワンダを善人として描く必要性を感じていなかった。私の好きな映画の多くは、『タクシードライバー』のように、とても男性的で、かなり救いようのないキャラクターが登場します。 それに加えて『ワンダ』の良さは、物語が非常に巧妙にできているということです。

■ ケリー・ライカート(映画監督)
Kelly Reichardt /American film director

なぜバーバラ・ローデンは映画史の中でもっと称賛されないのでしょうか?私には理解できない。彼女の演技やフレーミングのセンスもさることながら、この映画で彼女が思いもよらない方法でジャンルを弄んでいるのが好きです。当時、他に誰がそんなことをやっていたのでしょう?場所と人々の真の感覚を得ることができ、脇役も皆素晴らしい。

岸本佐知子(翻訳家)
Sachiko Kishimoto /Translator

世界のどこにも居場所のない、ひたすら下降していくワンダ。広大な瓦礫世界を一人でとぼとぼ歩いていく彼女は、 なんだか生の最小単位みたいで、いじらしくて、強くて、神聖ですらある。

坂本安美(アンスティチュ・フランセ日本 映画プログラム主任)
Ami SakamotoInstitut Français Japan Film Program Director

ワンダから目が離せない。ボタ山を歩く彼女、カーラーをつけても一向に巻き髪にならず、強盗をしている男から櫛 を借りて髪を梳かす彼女、あんなに怖がっていたのにピストルを素早く奪う彼女。そして底なしの深い哀しみを湛えて こちらを見つめるあの眼差しは、ワンダの生きる世界が私たちの世界とひとつづきであることを突きつける。

玉城ティナ(女優)
Tina Tamaki /Actress

これは1人の女の美しい怠惰な物語ではない。ワンダの表情が本当にここにいていいのかと聞いてくるように頼りな く、優しく、淡々と時間が流れる。必要とされたいという気持ちで行動を起こせる彼女の素直さ、削られたセリフやスト ーリーから人間の拙い欲求が浮かび上がってくる。私たちはただ、一人の人間として見られたいだけなのだと。

■ 山崎まどか(コラムニスト)
Madoka Yamazaki/Columnist

バーバラ・ローデンは名もなき女に「ワンダ」という名前を与え、侘しい人生から生命の輝きを掬い取って、わたした ちにくれた。彼女から手渡されたその小さな光は永遠に消えない。

“ 私は無価値でした。友達もいない、才能もない。私は影のような存在でした。『ワンダ』を作るまで、私は自分が誰なのか、自分が何をすべきなのか、まったく分からなかったのです。”

バーバラ・ローデン

THEATRE

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